日本が世界に誇る舞台芸術と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか。多くの人は能や歌舞伎と答えるのではないでしょうか。では、実際に能や歌舞伎を見に行ったことはと続く質問にはどれだけの人が「イエス」と回答できるでしょう。学校行事などを別にするとおそらく5人に1人‥いえもっと少ないかもしれません。
東京在住なら国立能楽堂や歌舞伎座など、大都市圏であれば接する機会も多いでしょうが、地方在住ではそのチャンスもなかなかないというのが正直なところ。日本人でありながら日本の伝統芸能に触れるチャンスが無いというのもちょっと残念な話ですよね。
ところが「エッ?能や歌舞伎も、舞楽だって普通に上演されてるけど」という驚きの県があるんです。
松尾芭蕉「奥の細道」でも知られる山形は日本文化の宝箱
出羽三山や芭蕉ゆかりの立石寺、東北三大祭りの花笠祭りなどで知られる山形県ですが、実は独自の発達を遂げた伝統芸能の宝庫でもあるのです。 その代表的な存在が国の重要無形文化財にも指定されている「黒川能」です。庄内地方に伝えられる黒川能は猿楽の大成者、世阿弥の流れを今に受け継ぐ孤高の能楽。観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流からなる「能楽五流派」のどれにも属さない独自の伝統芸能として知られています。
この貴重な舞台は鶴岡市大字黒川にある春日神社の奉納神事として「王祇祭」(2月1、2日)、祈年祭(3月23日)、例祭(5月8日)そして11月23日の新穀感謝祭などで観能することができます。また出羽三山神社(7月15日)や鶴ヶ岡城内の荘内神社(8月15日)でも上演されます。
ぜひその機会に500年の伝統を誇る独自の伝統芸能に触れてみてはいかがでしょうか。
もうひとつの歌舞伎
「◯◯屋!」などの掛け声でもおなじみの歌舞伎の世界では江戸で隆盛を極めた江戸歌舞伎と京・大阪を中心に人気を博した上方歌舞伎がよく知られています。
しかし、都市を中心にしたこの両者とは別に、地方で発展した地芝居と呼ばれる歌舞伎の世界があったのです。山形県酒田市黒森の「黒森歌舞伎」もそのひとつ。農閑期に行われる素人歌舞伎として270年以上の歴史を持っています。その始まりについては諸説あってはっきりとしたことはわかりませんが、江戸の歌舞伎役者が黒森を巡業で訪れた際、座員が寝ている間に「式三番叟」のお面を型取り、自分たちの手でお面を作ったという話が残されています。今で言えば人気アイドルのコスプレ?的なお話でしょうか。プロのコピーから始まったとは言え、今や長い伝統を誇る山形県指定の立派な民俗文化財。幕末から近代にかけて全国的に流行した地芝居の姿を今に伝える貴重な文化遺産です。
毎年2月15日17日の両日には日枝神社の祭礼で神様に捧げる奉納歌舞伎として上演されます。プロ顔負けの見事な演技や華麗な衣装、豊富な出し物など、そのスケールの大きさも地芝居を代表する見事さ。「雪中芝居」「寒中芝居」の別名通り厳寒の真っ只中、しかも客席は屋外となっていますから、観劇の際には防寒対策をお忘れなく。
日本四大舞楽の一つ「林家舞楽」
さて山形県には黒川能、黒森歌舞伎を凌ぐ1200年の伝統を持つ伝統芸能があります。それが国の重要無形文化財で、宮中舞楽・四天王寺舞楽・南都楽所舞楽と並び日本四大舞楽のひとつでもある「林家舞楽(はやしけぶがく)」。
山形県西村山郡河北町にある谷地八幡宮神職の林家に伝承されているこの舞楽は、聖徳太子が建立した四天王寺の楽人林越前を祖とするものと伝えられています。昔は山形各地で行われていた舞楽も、今は谷地八幡宮の例祭(9月14、15日)と寒河江市の慈恩寺の春の法会(5月5日)で見られるばかり。朝鮮半島や中国大陸などから伝わった楽舞(がくぶ)を思わせるそのリズムは現代音楽とは一線を画す特有の音感。優しい調べの向こうに日本文化の源流を探す山形の旅はいかがですか。
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