世界遺産には登録後リストから抹消されてしまったものもあります。オマーンのアラビアオリックスの保護区とドイツのドレスデン・エルベ渓谷がそのケース。いずれもジャンルとしては世界自然遺産に属するものです。アラビアオリックスの保護区は密漁による個体数の減少とオマーン当局による保護区の90%削減などがその理由。エルベ渓谷では渋滞緩和を目的とした架橋計画がその要因としてあげられます。世界遺産に限ったことではありませんが、考え方の違いや時代による変化など、開発と環境の調和は常に微妙な関係にあるといってもいいでしょう。 次の世代へ伝えるべき人類共通の遺産とはいっても、そこには紛れもなくその地で今を生きる人々の生活があるのですから。
地域を変える世界遺産という観光資源
日本の場合はどうでしょう。世界遺産への登録は観光資源としての価値を高めます。文化遺産であれば奈良や京都、自然遺産では知床や屋久島などがその好例です。ただ世界遺産を観光という視点で見た場合、その多くは一過性のブームを呼んでも、持続という点に疑問があります。日光の社寺や厳島神社など人気の観光地では、世界遺産登録で急激に観光客が増加しても数年で沈静化の傾向を見せています。 このように以前から観光地であった場合は、大きな波が普通の波に戻るだけで問題はありません。問題は、観光地としての経験値がない地域の場合です。 ブームは地元経済を大きく変え、その地に暮らす人々の生活を一変させてしまうのです。 世界遺産登録をきっかけに地元の政治・経済が慣れない観光へと転換し、ブームが一過性のもので終わってしまったとしたらどうなるでしょう。悲惨な未来が待っている可能性もあるのです。 そうならないために必要なものとは、高額な予算をかけた施設や観光業への転換といった地元経済を根本から変えるような強引な施策ではありません。 大切なのは守り伝えていくべき文化財に対する意識を共有することなのです。
地元と観光客の双方で考える問題とは
近年の世界遺産登録推進事業では、地域の文化財を守るのは地域住民とそこを訪れる人の双方であるといった共通認識による仕組みづくりが推奨されています。 簡単に言ってしまえば地元住民と観光客です。これまでのように迎える人=発信者と訪れる人=受信者というワンウェイのやり取りでは、広がりはありません。求められているのは人と人とを結ぶ感動の共有や文化の理解なのです。世界遺産というコアを媒介として迎える人と訪れる人の心が繋がり、その価値や魅力が訪れた人自身の感動となり、SNSや会話を通して、友人知人にシェアされていく。するとそこに新たな好奇心、新たな需要が生まれます。世界遺産に限らず文化財をキーとした観光は、お土産品や個人的な満足で評価されるべきではないのです。発見の喜びや体験を通して得られた知識といった人と文化財との出会いの感動に力点を置いた仕組みづくりの活性化が、人類共通の財産である世界遺産を次の世代へ受け渡すための重要な要素となるのです。 世界遺産を観光資源という観点から一歩先んじて、自分たちの誇る文化であり、訪れる人とその価値・感動を共有しようという意欲。世界遺産に出会い、その素晴らしさを自分のものとして理解し、感動をさらに広げようという好奇心。 その両者の調和こそ、これからの日本の世界遺産の価値を高めるための要素として求められているのではないでしょうか。
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