そばは日本を代表する食の1つですが、その歴史は米より古いことをご存じでしょうか。長い歴史の中で、そばは形を変えながら日本の文化にも深く根付いていきました。年越しそばのようなイベントやご当地の名物など、そばは日本人の生活や文化に密接に関わっています。この記事では、そばの歴史や変化、日本食としての役割を解説しています。
そばの栽培は9300年前から
日本のそばは、大陸から伝わった食べ物です。DNA分析などで、現在の中国雲南省からヒマラヤあたりが原産地とされています。日本に伝わった時期は定かではありませんが、そばの栽培が始まったのは9300年以上前です。稲作が大陸から伝わったとされている3000年前より古く、高知県内の9300年前の遺跡でそばの花粉が発見されたことが栽培を裏付ける理由となっています。また、埼玉県さいたま市岩槻区の3000年前の遺跡からはそばの種子が発見されています。
そばが歴史的文献に初めて登場するのは、797年に菅原真道らによって完成した勅撰史書『続日本記』です。95年間の歴史を扱う奈良時代の基本資料ですが、奈良時代の前期に代44台天皇として在位した元正天皇が出した詔(みことのり)に、そばに関する記述がありました。救荒作物としてそばの栽培を勧める内容であり、そばの栽培を証明する資料となっています。
麺の形状になったのは江戸時代から
全国製麺協同組合連合会では、そば粉を30%以上、小麦粉は70%以下の割合で混ぜ、練ってそば切りしたものを日本そばと呼んでいます。そばは麺状に成形されているのをイメージされます。しかし、そばは餅状の「そばがき」のようなかたちで食されていた期間が長いのです。そばが麺状に形成されるまでや、日本各地にご当地そばが登場する流れは以下のとおりです。
# 麺状のそばが広まったのは江戸時代
1574(天正2)年の定勝寺文書『振舞ソハキリ』に「そば切り」に関する記述があり、麵状のそばが確認されている最も古い資料です。それ以前は、現代の「そばがき」や「そばもち」のように、そばを練って餅状にしたものがそばとされていました。そば自体の歴史は古いですが、麺状にして食べるようになったのはその長い歴史の中では最近といえるでしょう。1734(享保19)年に刊行された『本朝世事談綺』の巻一にそば切りの項目があります。これより古い資料にはそば切りに関する記述が確認されていないことから、そば切りの登場を証明する資料とされています。
そば粉のみ作る生粉打ちが主流だったため、麺状に加工するのが難しかったことが、餅状のそばの歴史が長い理由の1つでしょう。1624~1644年、寛永年間に朝鮮の僧侶によって小麦粉をそばのつなぎとして用いる成形方法が、南都東大寺に伝わります。
# 高価な小麦粉の代用品に各地の特色が表れた
当時は小麦が貴重で高価だったことから、小麦粉をつなぎとして用いる成形方法はすぐには普及しませんでした。卵や自然薯、ワラビ粉、大豆粉、ヤマゴボウの葉など、日本各地でさまざまな代替案が登場します。新潟県のへぎそばは、海藻の布海苔がつなぎとして使われていることで知られています。瘦せた土地でも栽培できるそばと、各地の手に入りやすい作物を組み合わせることで、ご当地そばが誕生したのです。江戸時代の俳人、森川許六(もりかわ・きょろく)の1706(宝永3)年に刊行した『本朝文選』に「蕎麦切といっぱ、もと信濃国本山宿より出て、普く国々にもてはやされける」とあります。
本山宿は中山道の宿場の1つです。今の長野県塩尻市内にあり、1706年の時点ではすでにそば切りとご当地そばは広がっていたとされています。
年越しそばが登場したのも江戸時代
ご当地そばが残りながらも、小麦の栽培も進み、次第に小麦粉をつなぎに使ったそばも日本各地に広がります。そば粉のみを使った「十割」やそば粉と小麦粉の比率が8対2の「二八」、7対3の「三七」、5対5の「半々」が誕生しました。そば粉10に対して小麦粉2を混ぜる「外八」など多様な割合のそばがあり、日本人のそばへの関心の高さがうかがえます。救荒作物として栽培されたそばは、縁起物としても扱われます。非日常を指す「ハレの日」に食べられるようになるのです。そばは細く長く伸びることから「寿命を延ばし、家運を伸ばす」とされ、切れやすいことから「一年の苦労や厄災を断ち切る」と願いを込め、年越しそばが広まりました。
鎌倉時代に博多の承天寺で振る舞われた「世直しそば」が由来とされる説もあります。江戸時代には「運そば」や「年取りそば」の名で全国に広まり、「年越しそば」の名が定着したのは明治以降とされています。古くから救荒作物として日本人を支え、各地の作物と結びつくことで文化にも定着したそばは、日本食を代表する存在です。
歴史と文化と根付く日本食のそば
米よりも栽培され歴史が長く、各地の作物と結びついたそばは、日本を代表する食文化の1つです。新潟県の布海苔が入った「へぎそが」や大豆をすりつぶした呉汁を混ぜた「津軽そば」など、さまざまなご当地そばがあります。また、痩せた土地でも育つそばは縁起を担いで「ハレの日」に振る舞われ、「年越しそば」としてかたちを残しています。
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