文化・マナー・習慣

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日本の伝統衣装「キモノ」がファンションを変えた

2019年03月16日

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世界の国々には民族衣装と呼ばれる固有の衣服があります。素材や染色などそれぞれの自然や環境に合わせて独自の進化をしてきたそのデザインや色合いには、それぞれのお国ぶりが表されています。着物や和服と総称される日本の衣服は、色合いや模様の美しさから国際社会の中でも高い評価を得ています。
また、最近ではリメイクの容易なサスティナブルな衣服という観点からも、今まで以上に海外での注目を集めています。
欧米で発達した洋服が立体裁断で個人の体型に合わせることを基本とするのに対し、着物は反物を直線裁断し、縫い合わせることで身体のサイズに合わせた調整が可能です。サイズ調整のために生地を切り刻むことのないこの手法では、出来上がった着物を、解いてつなぎ合わせるとまた元の反物に戻すことができるのです。

着物はエコロジー構造

着物を語る上で先染め、後染めという工程の違いを抜きに話を進めることはできません。先染めとは、糸の段階で染色を施すことをいい、それを織ることで柄や模様のある反物(織物)を作り上げます。一方の後染めとは白い糸のままで織り白布に仕立てます。それに色や柄を染め付けた物を『染めの着物』と呼びます。簡単に織りの着物と染めの着物の違いをまとめると、先に染める(=先染め)のが『織りの着物』、後で染める(=後染め)のが「染めの着物』となります。
一般的に着物では、「織り」よりも「染め」の格が高いと言われています。このように伝統的に仕上げられた着物は繊維も丈夫で、染色をしっかりしていることから、適切な手入れと管理さえ十分にしておけば、祖母から母へ、母から娘へ、そしてさらにその子どもへとリサイクルしながら受け継がれていくことも珍しくありません。

伝統的に仕上げられた着物は繊維も丈夫で、染色をしっかりしている

パリ・オートクチュールとジャポニズム

19世紀後期、日本から渡った着物や染織品に西洋の人々は魅せられました。女性たちは、日本の着物地や着物をほどいたものをドレスに仕立てたり、着物を室内着として着用します。江戸時代末期の上流武家階級の女性の着物は、特に好まれたものの一つ。スカートに大胆に施された陽光と雲のデザインには、日本の美術・工芸品に特徴的な非対称性が見てとれます。
19世紀後期、ジャポニズムの隆盛を背景に着物やそのデザイン見本帳である「雛形」が西洋に渡りました。そこに示された日本の文様や左右非対称の構図は、パリ・オートクチュールにも新しいデザインとして吸収されていきました。煌びやかな表面装飾と直線的なシルエットが、続く1920年代を予感させる作品。鱗文様、あるいは青海波文様は、幾何学的形態を好むアール・デコの文様として20年代に繰り返し用いられました。

日本から渡った着物や染織品に西洋の人々は魅せられました

最新ファッションにもキモノインスパイア

今から30年ほど前、日本人デザイナーの作品が世界中で注目を集めた時代がありました。その時も日本の着物の平坦な断裁と立体裁断を融合し、ゆったりとしたシルエットに和洋折衷のセンスを取り入れた自由で美しいスタイルが世界のファッションシーンに大きなインパクトを与えました。
しかし、このファッションシーンへのジャパンインパクトは初めてのものではありません。19世紀後期、先進的なヨーロッパの女性たちの間で日本の着物や染織品が一大ブームを巻き起こしました。日本の着物地や着物をほどいたものをドレスに仕立てたり、着物を室内着として着用したり、シンプルな形とゆとりのあるデザインは、それまで身体を締め付けることを基本としていたファッションにまったく新しい概念を誕生させたのです。
このジャポニズムデザインは、パリ・オートクチュールにも影響を与えました。
その後、ファッションの世界も大きく変化しましたが、着物の影響は今なおファッションシーンに新鮮なインパクトを与え続けています。
最近の例で言えば、ドルチェ&ガッバーナのオートクチュール「アルテ アルティジャナリタ」で発表されたドレスがその好例。この作品にも日本の着物にインスパイアされたセンスが色濃く反映されています。

日本の着物にインスパイアされたセンスが色濃く反映

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