文化・マナー・習慣

文化・マナー・習慣

重要無形民俗文化財にも指定!秋田男鹿半島の「なまはげ」の歴史と意味

2018年10月27日

関連キーワード:日本文化 伝統 風習 民俗 行事 来訪神行事 重要無形民俗文化財 ユネスコ無形文化遺産 なまはげ 

日本には各地方に様々な文化があります。現在でも引き継がれている文化は数多く、それぞれの地方に保存会などがあり、これからも歴史と共にその存在を残そうと尽力されています。
その中でも、特に有名な「なまはげ」と呼ばれるものがあります。
今回は、この、なまはげとは一体何かを知りましょう。

日本文化の中でも特徴がある

日本の数ある文化の中でも、なまはげは非常に特徴があります。まず恐ろしい鬼のような面構えのお面をかぶった人たちが自宅にやってきて、斧や包丁などを振り回します。もちろん、斧や包丁などは、本物ではありませんが、かなりの迫力があります。
なまはげは、海外でも動画が流れ有名になりました。特に、ニュースなどのメディアで流れる場面では、小さな子どもが大泣きしている場面が多く、大人はさまざまな感情を感じることができるでしょう。もちろん良い意味でです。
なまはげはどこにでもある行事というわけではなく、秋田県の男鹿半島のみで行われてきたものです。仮面をつけるだけでなく、の衣装をまとっており、神の使いとしてやってきたことを知る人は少ないかもしれません。秋田県全体の中で男鹿半島は面積が3パーセント程度しかありませんがそれにもかかわらずこれだけ知名度が高いのはやはりインパクトがあるからでしょう。

男鹿半島のなまはげ

どのような歴史があったのか

そもそも、なぜなまはげが日本文化の中で有名になったかは明確なことが分かっていません。この発祥はさまざまな説がありますが、始めに行われたとされているのが、江戸時代です。資料が残っているものは1822年にこの様子が記載されており、文献にはじめて出てきます。
鬼の格好をして藁を巻き付けた人たちが家庭内に入っていき、子どもを怖がらせます。小さな子どもが亡くなることが多かった当時、無病息災の願いが込められました。今でもその風習は大切な伝統行事として行われています。

戦後になって重要無形民俗文化財に指定されたことにより、なまはげの風習を知る方も増えました。

1995年には、伝承館と呼ばれる建物がつくられ、その歴史を知ることができるようになりました。ここから分かることは、もともと地方の伝統行事だったものが、次第に観光化されてきたことです。当時の男鹿半島は、観光客を呼んで、活性化をはかりたいという考えがありましたが、交通の便が悪いこともあり、なかなか足を運んでくれる方が多く集まりませんでした。
そこで、全国的に知られるなまはげをPRすることで、なまはげ観光を目的とされる方が多く訪れてくださると考えたのです。これも、地域が生き残るための知恵と言えるでしょう。

恐ろしいなまはげの行列

現在はどのようになっているか。

なまはげが有名になってからは、男鹿半島を観光する方が増えましたが、それに伴いさまざまな問題が生じるようになりました。中には、なまはげに扮した男性がお酒を飲み、女子風呂に乱入する騒ぎも発生しています。
2013年には、『なまはげ館』がリニューアルオープンしており、数多くの観光客が訪れるに至りました。男鹿半島の美しい景色も見ものですが、それだけでなく冬の時期に行ったならば、ぜひ一度はなまはげ館を見ておきたいものです。

祭りが行われる日は、明確に決まっているわけではありませんが、概ね、二月の初旬から、三月の初旬に行われます。正確な日程は、男鹿市のホームページを参考にしてください。ちなみに、なまはげが身につけている藁は床に落ちることがあります。これを自らの頭などに巻き付けると、無病息災の御利益があるとされています。なまはげは怖いだけではなく、縁起が良いものです。これからもますます全国の人に親しまれていくことを期待したいです。

なまはげは神の使い

この記事に関するキーワード

関連記事

このページ先頭